事実を認識することの難しさ。。

ものの次元には平面的に認識する二次元の世界と、立体的に認識する三次元の世界(これは「奥行」を認識することなので、「構造的」ということかもしれません)だけでなく、その三次元の構造的な事実構成を、時間(あるいは歴史)の流れの中で認識するという、いわば4次元的な認識を持つことが非常に重要ではないか、と感じます。

最近見聞きする現象とそれに対する反応。。4次元的な認識に立ってると感じられるものがさほど多く感じられないのは気のせいでしょうか。かくいう自分の言動、認識もどうなのか。。胸に手を当てて自省を繰り返してまいりたいと深く思っています。

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