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2017年謹賀新年

あけましておめでとうございます。
旧年中は皆様には大変お世話になりありがとうございました。
引き続き「地味にしつこく匍匐前進」を旨として取り組んでまいりたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
石橋哲

「『革命家』としての高木新二郎先生」

20160408 産業再生機構在職時に御指導を賜わった高木新二郎先生。「事業再生と民事司法にかけた熱き思い~高木新二郎の軌跡~」(商事法務)の謹呈を頂戴。新堂幸司先生の手による帯曰く「『革命家』としての高木新二郎先生」。「現場」でお供した93~104頁・111~117頁を思い返しつつ「なるほど」とストンと腹落ちしました。反芻いたします。

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20160212

京極純一先生ご逝去の報。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG12H1M_S6A210C1CC0000/

ミーハー田舎者1年生が潜り込んだ2年生の「政治学」講義。
当時は全く歯が立ちませんでしたが、図々しくも最終コマでサインを頂戴した記憶。
年末に30余年ぶりに引っ張り出して再挑戦。
その内容にどんなお気持ちで執筆されたのかと戦きました。
心からお悔やみ申し上げます。

 

成人の日に

谷川俊太郎「成人の日に」という一文。恥ずかしながら初めて接しました。
肝に銘じつつ反芻してまいりたいと思います。
  ——
人間とは常に 人間になりつつある存在だ
かつて教えられたその言葉が しこりのように胸の奥に残っている成人とは人に成ること
もしそうなら
私たちはみな日々成人の日を生きている

完全な人間はどこにもいない
人間とは何かを知りつくしている者もいない

だからみな問いかけるのだ
人間とはいったい何かを
そしてみな答えているのだ その問いに
毎日のささやかな行動で

人は人を傷つける
人は人を慰める
人は人を怖れ
人は人を求める

子どもとおとなの区別がどこにあるのか
子どもは生まれ出たそのときから小さなおとな
おとなは一生大きな子ども

どんな美しい記念の晴着も
どんな華やかなお祝いの花束も
それだけではきみをおとなにはしてくれない
他人のうちに自分と同じ美しさをみとめ
自分のうちに他人と同じ醜さをみとめ
でき上がったどんな権威にもしばられず
流れ動く多数の意見にまどわされず
とらわれぬ子どもの魂で
いまあるものを組み直しつくりかえる
それこそがおとなの始まり
永遠に終わらないおとなへの出発点
人間が人間になりつづけるための
苦しみと喜びの方法論だ